「本格ミステリ作家クラブ通信」第61号

1.第16期総会・第16回「本格ミステリ大賞」贈呈式までのスケジュール

 12月10日(木) 推薦作アンケート用紙を配布
 01月15日(金) 消印有効でアンケート〆切(FAX・メール同日有効)
 02月13日(土) 候補作選考委員会=大山誠一郎、深水黎一郎、福井健太、森谷明子、遊井かなめ
*候補作家の承諾確認後、候補作決定「速報」をハガキとメールで通知(大賞運営委員=佳多山大地、霧舎巧、鳥飼否宇)
 02月下旬     候補作の選考経過と本選「投票用紙」を全会員に配布。 
 05月06日(金) 消印有効にて投票〆切 
 05月12日(木) 公開開票式
 06月25 日(土) 総会・贈呈式パーティ
 15:30~17:00 総会
 17:30~19:30 贈呈式
 06月26 日(日) 受賞記念座談会予定(都内某所、詳細未定)

3.「本格ミステリ作家クラブ」創立15周年記念イベントの報告

 さる11月7日(土)、「本格ミステリ作家クラブ」創立15周年記念イベントは、早稲田祭の中での早稲田ミステリクラブ主催イベントとして、早稻田大学戸山キャンパス36号館382教室で行われた。
 定員280名の大きい教室は、開始時間前から立ち見も出る超満員となった。
 13:30からのトークショーは杉江松恋氏の司会で、クラブ創立時の中心メンバーである綾辻行人氏と、歴代の会長、有栖川有栖氏、北村薫氏、辻真先氏、法月綸太郎氏が、ひとりひとり担当時期を中心にしたクラブの歴史やエピソードを語った。
 参加者などによるサイン色紙の抽選会などで盛り上がったあと、15:30からは、上記メンバーに加え、麻耶雄嵩氏、皆川博子氏も参加して、たくさんのファンがそれぞれの愛読書を持ち寄ってのサイン会が行われた。
 イベントは17:00、大盛況の中無事に終了した。詳細は2016年3月発売予定のジャーロno.56に掲載予定。

4.新入会員の紹介

周木律(円堂都司昭/法月綸太郎=推薦)
自己紹介=思いがけずデビューし、書き手の端くれとなりました。本格的な本格ミステリが書けるのかと問われれば、我ながら疑問符が付きますが、もし拙作を通じて、どこかの誰かの心を僅かでも穿つことができたなら、本望です。どうぞよろしくお願いいたします。 (2015.9.2)
推薦理由=放浪の数学者が探偵役となり、毎回奇妙な館が登場する「堂シリーズ」や、宗教をテーマにした『アールダーの方舟』など、意欲的な執筆活動を展開。「新本格」の稚気と知を受け継ぐミステリ作家です。(円堂都司昭)

葉真中顕(佳多山大地/法月綸太郎=推薦)
自己紹介=このたび入会させていただくことになりました葉真中顕です。これまでのところ私が上梓している作品は、いわゆる「社会派」のテイストのものばかりなのですが、作品中のミステリ的な仕掛けでは「本格」の先輩方が練り上げてきた手法を大いに参考にさせていただいております。いずれは純度の高い本格ミステリの執筆にもチャレンジしたいなどと、考えております。どうぞよろしくお願いいたします。(2015.10.19)
推薦理由=『ロスト・ケア』で日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞しデビューした葉真中さんは、「本格」的な仕掛けのある現代の社会派として最注目株です。(佳多山大地)

浅ノ宮遼(法月綸太郎/太田忠司=推薦)
自己紹介=1978年生まれ。新潟大学医学部卒。現在、医師。「消えた脳病変」で第11回ミステリーズ!新人賞受賞。好きな本格ミステリには長編『生ける屍の死』『毒入りチョコレート事件』『双頭の悪魔』短編「戻り川心中」「都市伝説パズル」「カップの中の毒」を挙げます。どうぞよろしくお願いいたします。(2015.10.20)
推薦理由=「消えた脳病変」はロジカルでトリッキーな秀作でした。メディカル本格の新鋭として活躍が期待されます.(法月綸太郎)

(2015.12.10発行)

「本格ミステリ作家クラブ通信」第62号

1.第16回「本格ミステリ大賞」候補作決定

【小説部門】候補作(タイトル50音順)
『赤い博物館』大山誠一郎(文藝春秋)
『死と砂時計』鳥飼否宇(東京創元社)
『その可能性はすでに考えた』井上真偽(講談社)
『松谷警部と三ノ輪の鏡』平石貴樹(東京創元社)
『ミステリー・アリーナ』深水黎一郎(原書房)

【評論・研究部門】候補作(タイトル50音順)
『サイバーミステリ宣言!』一田和樹・遊井かなめ・七瀬晶・藤田直哉・千澤のり子(角川書店)
『謎と恐怖の楽園で』権田萬治(光文社)
『本の窓から』小森収(論創社)
『乱歩ワールド大全』野村宏平(洋泉社)
『ミステリ読者のための 連城三紀彦全作品ガイド 増補改訂版』浅木原忍(RHYTHM FIVE)

第16回「本格ミステリ大賞」候補作決定のための予選会は2月13日に、大賞運営委員・霧舎巧、鳥飼否宇、佳多山大地の立ち会いのもと、予選委員・大山誠一郎、深水黎一郎、福井健太、森谷明子、遊井かなめによって行われた。

◎『読者のための連城三紀彦全作品ガイド 増補改訂版』の入手方法について
2月末頃から3月あたまに委託書店である「とらのあな」「盛林堂書房」に入荷し、店頭・通販で購入可能とのことです。
通販ページは
とらのあな
盛林堂書房

▼選考経過

【小説部門】
 予選委員の推薦作は、有栖川有栖『鍵の掛かった男』、井上真偽『その可能性はすでに考えた』、大山誠一郎『赤い博物館』、久住四季『星読島に星は流れた』、倉知淳『片桐大三郎とXYZの悲劇』、白井智之『東京結合人間』、鳥飼否宇『死と砂時計』、西澤保彦『さよならは明日の約束』、平石貴樹『松谷警部と三ノ輪の鏡』、深水黎一郎『ミステリー・アリーナ』、深緑野分『戦場のコックたち』の十一作品だった。これに会員アンケートで票が多かった米澤穂信『王とサーカス』を加えた十二作品を検討の対象とした。
 まず、予選委員全員が推薦した『死と砂時計』と四名が推薦した『ミステリー・アリーナ』が候補作に決まった。続いて複数の予選委員が推す作品の検討を行った。『赤い博物館』は収録作品のひとつの動機が納得いかないという反対意見があったものの、パズラーとしての完成度は高いという共通見解が得られ、候補作に決定した。『その可能性はすでに考えた』に関しては大枠の発想は評価できるが、個別の推理には難があるという声もあった。最終的には若手の意欲作という点を考慮して候補作に残すことで意見の一致を見た。『東京結合人間』は世界観のおもしろさは認められたものの粗が多く、『片桐大三郎とXYZの悲劇』は収録作のレベルがまちまちという指摘があり、苦杯をなめた。代わりに、会員アンケートでは票がなかった『松谷警部と三ノ輪の鏡』が、地味ながら端正な本格と評価されて最後の椅子を射止めた。
 会員アンケートの票が多かった『王とサーカス』、『戦場のコックたち』、『鍵の掛かった男』は小説としては素晴らしいが本格ミステリ大賞の候補作としては弱いという理由で、候補作には選ばれなかった。(鳥飼否宇)

【評論・研究部門】
 五人の予選委員から推薦があったのは、一田和樹・遊井かなめ・七瀬晶・藤田直哉・千澤のり子『サイバーミステリ宣言!』、殊能将之『殊能将之読書日記 2002-2009』、権田萬治『謎と恐怖の楽園で』、小森収『本の窓から』、門井慶喜『マジカル・ヒストリー・ツアー』、新保博久『ミステリ編集道』、野村公平『乱歩ワールド大全』、浅木原忍『連城三紀彦全作品ガイド【増補改訂版】』の八作だった。これに、事前の〈推薦作アンケート〉で少なからぬ支持を会員から得ていた小松史生子『探偵小説のペルソナ』を加えた九作を検討対象とした。
 まず、予選委員の五人ともが推薦した『謎と恐怖の楽園で』と『乱歩ワールド大全』を候補とすることが決定した。『謎と恐怖の楽園で』は権田萬治の五十五年に及ぶミステリ評論活動の集大成であると、『乱歩ワールド大全』は江戸川乱歩の全著作を俯瞰的に分析してデータの充実ぶりに目を見張るものがあると評価された。
 続いて、残る七作についてひとつひとつ議論の俎上に載せたうえで決をとった結果、『サイバーミステリ宣言!』と『連城三紀彦全作品ガイド【増補改訂版】』に票が集まり、この二作を候補とすることが同意された。『サイバーミステリ宣言!』は、今後ミステリが現代を舞台とするとき避けて通れないだろう分野を扱っている点が注目された。『連城三紀彦全作品ガイド【増補改訂版】』は単なるレビュー集にとどまらず、作家論・作品論として読みごたえのある内容であると認められた。
候補の五番目の椅子をめぐっては、『本の窓から』か『ミステリ編集道』かで予選委員の支持は割れた。『ミステリ編集道』は、その〝資料的証言〟の価値の高さは疑うべくもないが、インタビュー集を候補とすることに異論も出た。対して『本の窓から』は、まぎれもなく著者自身のフィルターを通して作品理解に新しい視点を提供してくれることから、こちらを候補とすることに最後は意見の一致を見た。(佳多山大地)

▼選評

◎大山誠一郎
候補作予選会では『ミステリー・アリーナ』、『その可能性』、『片桐大三郎』、『死と砂時計』、『星読島』、『謎と恐怖の楽園で』、『乱歩ワールド大全』、『本の窓から』、『殊能将之読書日記』、『連城三紀彦全作品ガイド』を推した。『ミステリー』と『その可能性』はどちらも優れた多重解決物だが、様々な点で対照的で、候補作として並べたいと思った。『片桐』は小説的面白さも重視した正統派本格として、また本歌取りの見事さから推し、『砂時計』は数少ないチェスタトン風本格として、『星読島』は孤島物の新機軸として推した。拙作検討時には私は会議室を出て議論に加わらなかった。『謎』は集大成的な風格を、『乱歩』は乱歩作品自身の類別トリック集成を、『本の窓』は考えるヒントを与えてくれる点を、『殊能』はアルテやイネスへの洞察力に溢れた言及を、『連城』はブックガイドのみならず作品論作家論としても優れている点を評価して推した。

◎深水黎一郎
今年で予選委員は終わりなのですが、思うにこの二年間、「本格とは何か」ということをずっと考え続けていた気がします。それによって自分自身の本格観にも変化が生じ、去年だったら諸手を挙げて推していただろう作品を今年は推せないという現象も起きました。
小説部門は『赤い博物館』『死と砂時計』『片桐大三郎とXYZの悲劇』を推すつもりで予選会に臨みました。最初の二作は問題なく残りましたが、残念ながら『片桐大三郎』は他の予選委員を説得することができませんでした。
研究評論部門での心残りは、『殊能将之読書日記』を残せなかったことです。内容は文句ないのですが、SFの話がメインと判断されたためです。できればそちらの賞で顕彰されることを期待します。
しかしその二つ以外は、ほぼ思っていた通りのラインナップになったので満足しています。地味ながら優れた作品や、入手困難だが顕彰されるべき作品を選べたのは良かったのではないでしょうか。

◎福井健太
今年度の本格ミステリ界の豊作ぶりは、多くの読者も実感しているに違いない。候補作の枠を増やせない以上、例年ならば当確(と思われる)の秀作群を外さざるを得なかったが、大局的には好ましい状況と見るべきだろう。
妥当なリストに収束したという前提で、印象に残った点をいくつか記しておく。小説部門では白井智之『東京結合人間』も候補に挙げたが、社会設定の甘さゆえに推しきれなかった。現代本格ミステリの到達点としてメタやアンチが隆盛だからこそ、端正な『松谷警部と三ノ輪の鏡』が選択肢に残ったことは喜ばしい。
評論・研究部門では『連城三紀彦全作ガイド』が契機になることを期待したい。同人誌の質と流通の変化を鑑みるに(より入手困難な一般書もある)彼らの仕事を無視するのは偏狭に過ぎる。候補には残せなかったが、歴史と美術を絡めた門井慶喜『マジカル・ヒストリー・ツアー』の視座も刺激的だった。

◎森谷明子
【評論・研究部門】大変に内容の濃い力作揃いでしたが、「本格ミステリの評論・研究」とのカテゴライズからやや外れた感のある『ミステリ編集道』『殊能将之読書日記』『マジカル・ヒストリー・ツアー』が候補外となりました。すべて、質の高さに異論はなく、あくまでも本賞の趣旨を鑑みた結果です。
【小説部門】こちらも、やむをえず候補から落とさなければならない場合どの選択が最も本賞の趣旨にふさわしいかという、ぎりぎりの、逆に言えばとても豊饒な予選会でした。
本格ミステリの定義について、会員各位にはそれぞれのポリシーがおありと思います。正当な謎解きが全編の主軸を成すものを指すのか、はたまた謎解きを土台に置くならば別のテーマが併存している小説も本格ミステリとみなすのか、これはいつまでも結論の出ない命題なのかもしれません。それを改めて痛感した予選会でした。森谷はこの回をもって任務終了です。皆様ありがとうございました。

◎遊井かなめ
小説部門。この賞が〈本格ミステリ〉に特化した賞であることをまず予選会で確認した。『ミステリー・アリーナ』『赤い博物館』『死と砂時計』が並ぶのは、本格ミステリ大賞だからこそ。候補作のラインナップに、ある程度の多様性は与えるべきだと考えていたので、多重解決ものが複数並ぶのは避けるべきではないかとも思ったが、『その可能性はすでに考えた』は『ミステリー・アリーナ』とはまた別のアプローチを取ったものであるし、昨年は多重解決ものが潮流となっていたこともあり、残すことに同意した。『東京結合人間』を残せなかったことは悔やまれる。 評論・研究部門。ブックガイドを残すことに違和感はあったが、『連城三紀彦全作品ガイド』はブックガイド的な部分以外が研究として評価できると思い、残した。『乱歩ワールド大全』は類別トリック集成の章を高評価。なお、『サイバーミステリ宣言!』に関しては、議論に加わっていないことを付しておく。

▼今後のスケジュール

05月06日(金) 消印有効にて投票〆切 
05月12日(木) 公開開票
06月25 日(土) 総会・贈呈式パーティ
15:30~17:00 総会
17:30~19:30 贈呈式
06月26 日(日) 受賞記念座談会予定

▼候補作アンケート

30通(郵送23通、FAX2、メール5通)
*31→33→42→36→35→37→30→30と、昨年と同数。

【小説部門】(タイトル五十音順)
作品名/作者:編者名/出版社名
赤い博物館/大山誠一郎/文藝春秋
新しい十五匹のネズミのフライ/島田荘司/新潮社
アンデッドガール・マーダーファルス1/青崎有吾/講談社
王とサーカス/米澤穂信/東京創元社
鍵の掛かった男/有栖川有栖/幻冬舎
片桐大三郎とXYZの悲劇/倉知淳/文藝春秋
救済のゲーム/河合莞爾/新潮社
柘榴パズル/彩坂美月/文藝春秋
さよならは明日の約束/西澤保彦/光文社
死と砂時計/鳥飼否宇/東京創元社
終戦のマグノリア/戸松淳矩/東京創元社
十二の贄/三津田信三/KADOKAWA
深紅の断片/麻見和史/講談社
戦場のコックたち/深緑野分/東京創元社
その可能性はすでに考えた/井上真偽/講談社
第一話/石持浅海/光文社
東京結合人間/白井智之/角川書店
にぎやかな落葉たち/辻真先/光文社
虹の歯ブラシ/早坂吝/講談社
福まねき寺にいらっしゃい/緑川聖司/ポプラ社
僕らの世界が終わる頃/彩坂美月/新潮社
星読島に星は流れた/久住四季/東京創元社
可視える/吉田恭教/南雲堂
ミステリー・アリーナ/深水黎一郎/原書房
ミネルヴァの報復/深木章子/原書房
夕暮れ密室/村崎友/角川書店
流/東山彰良/講談社
惑星カロン/初野晴/KADOKAWA

【評論・研究部門】(タイトル五十音順)
作品名/作者:編者名/出版社名
市川崑と『犬神家の一族』/春日太一/新潮社
現代中国〈未邦訳〉傑作ミステリガイド/張舟/風狂殺人倶楽部『2016 現代華文ミステリ最前線!』所収(同人誌 2015年11月23日発行)
サイバーミステリ宣言!/一田和樹 他/角川書店
殊能将之読書日記/殊能将之/講談社
探偵小説のペルソナ/小松史生子/双文社出版
謎と恐怖の楽園で/権田萬治/光文社
本の窓から/小森収/論創社
ミステリ読者のための連城三紀彦全作品ガイド 増補改訂版/浅木原忍/RHYTHM FIVE
ミステリ編集道/新保博久/本の雑誌社
読み出したら止まらない! 女子ミステリー マストリード100/大矢博子/日経文芸文庫
乱歩ワールド大全/野村宏平/洋泉社

3.新入会員の紹介

未(み)須(す)本(もと)有(ゆう)生(き)(遊井かなめ/深水黎一郎=推薦)
自己紹介=1963年長崎県長崎市生まれ。東京大学工学部航空学科卒。大手メーカーで航空機開発に携わる。1997年よりフリーランスのデザイナー。2014年第21回松本清張賞受賞。著書は『推定脅威』『リヴィジョンA』(共に文藝春秋刊)。
 学生時代に、友人小森健太朗氏に勧められて読んだアントニイ・バークリーの一連の作品等が好きです.最近は、この度推薦していただいた、深水黎一郎氏の著作が気に入っています。 (2015.11.20)
推薦理由=未須本有生氏はミステリへの深い知識も備えた、大人も楽しめるエンターテインメントを書ける確かな書き手であり、本会に推薦いたします。(深水黎一郎)

織(おり)守(がみ)きょうや(円堂都司昭/法月綸太郎=推薦)
自己紹介=イギリス、ロンドン出身。2012年『霊感検定』で第14回講談社BOX新人賞Powersを受賞し、2013年デビュー。2015年、『記憶屋』で第22回日本ホラー小説大賞読者賞を受賞。近著に『黒野葉月は鳥籠で眠らない』など。おこがましくて自分ではミステリ作家とはなかなか名乗れませんが、末席を汚させていただきます。(2016.1.8)
推薦理由=『ベスト本格ミステリ2015』に「三橋春人は花束を捨てない」が選ばれました。ホラーだけでなく、本格ミステリでも期待される書き手です。(円堂都司昭)

青崎有吾(千澤のり子/法月綸太郎=推薦)
自己紹介=1991年神奈川県生まれ。2012年『体育館の殺人』で第22回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。横浜在住。青二才ですがよろしくお願いします。(2016.2.26)
推薦理由=第二作「水族館の殺人」が本格ミステリ大賞候補作になり、「平成のクイーン」という異名をとる青崎さんは、これからの本格をリードする期待の書き手だと思います。(千澤のり子)

(2016.02.26発行)

「本格ミステリ作家クラブ通信」第63号

1.第16回「本格ミステリ大賞」決定

 2016年5月12日、光文社の会議室で、第16回本格ミステリ大賞の公開開票式が行われた。投票総数は82通。会場には、会員、賛助会員が多数出席、アンソロジー文庫版の購入者特典として抽選で選ばれた一般読者の参加もあり、例年通り、大盛況のなかでの開催となった。開票式は、厳重に保管されていた投票用紙を北村薫委員が開封、文字数をチェックした後、法月綸太郎会長が票を読み上げる方法で進められた。
 【小説部門】は、序盤はどの作品もほぼ均等に票が入ったものの、中盤は『死と砂時計』『ミステリー・アリーナ』『その可能性はすでに考えた』の三作品の争いとなった。『死と砂時計』に票が集まりはじめ、抜きん出ていたところ、終盤になって『ミステリー・アリーナ』が追い上げた。終盤は逆転劇はなく、『死と砂時計』が振り切る形になった。
 【評論・研究部門】は、序盤から終盤まで『ミステリ読者のための 連城三紀彦全作品ガイド 増補改訂版』が独走を続け、他の作品がどこまで追いつけるかを見守る展開となった。
 開票作業の終了後、執行会議のメンバーが最終確認を行った結果、以下の得票数が確定した。

【小説部門】(有効投票数52票)
『死と砂時計』鳥飼否宇(東京創元社) 20票
『ミステリー・アリーナ』深水黎一郎(原書房) 15票
『その可能性はすでに考えた』井上真偽(講談社) 9票
『松谷警部と三ノ輪の鏡』平石貴樹(東京創元社) 5票
『赤い博物館』大山誠一郎(文藝春秋) 3票

【評論・研究部門】(有効投票数23票)
『ミステリ読者のための 連城三紀彦全作品ガイド 増補改訂版』浅木原忍(RHYTHM FIVE) 9票
『サイバーミステリ宣言!』一田和樹・遊井かなめ・七瀬晶・藤田直哉・千澤のり子(角川書店) 4票
『本の窓から』小森収(論創社) 4票
『謎と恐怖の楽園で』権田萬治(光文社) 3票
『乱歩ワールド大全』野村宏平(洋泉社) 3票

☆第16回「本格ミステリ大賞」受賞作と「受賞の言葉」

【小説部門】
『死と砂時計』 鳥飼否宇(東京創元社)
 この度は栄えある賞をいただき、誠にありがとうございます。本格ミステリの領域で15年間書き続けてきた身として、チェスタトン的な逆説を意識した拙作『死と砂時計』の受賞はとても励みになります。
 本格ミステリ界には若手の才能ある作家たちが続々と登場し、新しい趣向の作品が次々に生み出されています。キャリアだけはぼちぼちベテランの域になりつつある自分も、その流れに取り残されないよう、懸命にしがみついていきたいと思います。

【評論・研究部門】
『ミステリ読者のための 連城三紀彦全作品ガイド 増補改訂版』浅木原忍(RHYTHM FIVE)
 このような場で、いち連城三紀彦ファンに過ぎない自分が唯一胸を張れることがあるとすれば、それは連城さんに対する「好きだ」という気持ちです。連城作品の凄さ、面白さを伝えたい、ただその一心で本を作りました。拙著が連城さんの作品を多くの人に知っていただくきっかけとなること、そうして連城さんの作品群の価値が見直されること、それが著者として最大の望みであり喜びです。拙著が連城作品を手に取る際の道しるべのひとつとなれば、それに勝ることはありません。ありがとうございました。

(2016.5.25発行)

「本格ミステリ作家クラブ通信」第64号

1.第15回本格ミステリ作家クラブ総会

(1)議長団の選出
 会則26条に基づき、執行会議のメンバーから以下の議長団を選任した。
 議長・鳥飼否宇 副議長・芦辺拓 書記・千澤のり子

 議長団は拍手多数をもって承認された。また議事進行において特に異議のない場合は、拍手で承認することを確認した。

(2)法月綸太郎会長の挨拶
 昨年は15周年イベントを行うなど、新しい試みをしてきました。16年目は、クラブも時代に合わせてマイナーチェンジをしていかないといけません。ホームグランドである「ジャーロ」が電子版に完全移行したことをひとつのチャンスと捉え、ますます本格というジャンルを広め、充実させていきましょう。今年の受賞作を見ても、本格の活気はまったく失われておらず、新しい機運が見えてきたと思います。

(3)定足数の確認、入退会者の承認
 出席者34名、委任71名で、合計105名となり、正会員数の175名の半数を超えているので定足数を満たし、会則27条により総会が成立した。

 続いて執行会議が承認した新入会員について議長から簡単な紹介がなされた後、

周木律(円堂都司昭/法月綸太郎=推薦)
葉真中顕(佳多山大地/法月綸太郎=推薦)
浅ノ宮遼(法月綸太郎/太田忠司=推薦)
未須本有生(遊井かなめ/深水黎一郎=推薦)
織守きょうや(円堂都司昭/法月綸太郎=推薦)
青崎有吾(千澤のり子/法月綸太郎=推薦)
浅木原忍(佳多山大地/法月綸太郎=推薦)
 以上7名の入会が全会一致で承認された。

(4)第15期活動報告
 東川篤哉事務局長より、第15期の活動内容が報告された。同内容は会報を通じて会員に報告済みなので省略する。

(5)第15期会計報告
 会計担当の麻耶雄嵩より第15期会計報告が行われた後、監査の我孫子武丸による監査報告が行われ、問題がないことが確認された。別紙「第15期決算」および「収支決算書」を参照。総会配布の「監査報告書」のプリントは省略する。

(6)本格ミステリ大賞選考の見直し
 運営委員の霧舎巧から、過去3回の平均投票数に大幅な減少や組織票などのかたよりが見られないことから現行の内規を改正せず、2期ごとに見直しを行うことは継続すると説明がなされ、承認された。

(7)第16期(16年)活動計画・予算案
 東川篤哉事務局長より第16期の活動計画、麻耶雄嵩より予算案についての説明がなされ、承認された。

(8)公式ウェブサイト及び会報等の電子化
 公式サイト担当の黒田研二より、名簿の廃止などの説明がなされた。

 これについて意見を求めたところ、以下の質疑応答、意見の表明等があったので抄録する。

我孫子武丸◆本年度から配布された本格ミステリ大賞の選評リーフレットは必要ないのではないか。非公開なら会員用ページ、宣伝効果にするなら公式サイトにアップすれば、手間がかからないのではないか。
事務局◆データ提供は問題ない。
北村薫◆印刷物を希望する者には送っていただくことはできないか。
事務局◆少人数ならば、プリントアウトしたデータを郵送できる。
大山誠一郎◆名簿が廃止になるなら、記載ミスは会報に載せていただくことは可能か。
事務局◆可能なので、時期を見て会員に連絡する。

(9)今後の運営について
 副議長の芦辺拓から、イギリスのディテクションクラブが主催し、ロンドンのブリティッシュ・ライブラリーで行われたミステリーイベントに、会の代表として出席してきたと、イベントの主旨や現地の様子について報告がなされた。

 終了後、イベント担当の北村一男から授賞式翌日の記念トークショーと合同サイン会について説明がなされた。

2.第16回「本格ミステリ大賞」贈呈式の報告

 第16回定期総会の後、日本出版クラブ会館「鳳凰の間」で、第16回「本格ミステリ大賞」贈呈式を開催した。贈呈式は会員の杉江松恋氏の司会で進行された。当日は約120名の方々に出席をいただき、盛況のうちに幕を開けた。

 東川篤哉事務局長から「本格ミステリ大賞」決定までの経過が報告された後、法月綸太郎会長から『死と砂時計』で小説部門を受賞された鳥飼否宇氏、『ミステリ読者のための連城三紀彦全作品ガイド 増補改訂版』で評論・研究部門を受賞された浅木原忍氏に、賞状と正賞のトロフィーが授与された。

・鳥飼否宇氏の受賞コメント
デビューさせていただいて節目の15年目に、自分の本籍である本格ミステリというところで賞をいただけたことを本当にありがたく誇りに思っています。前回賞を取ったのは第2回世界バカミスアワードでした。バカミスというのは趣向や志といった味付けのような部分なので、それが過剰に出た場合はバカミステイストのある本格ミステリだと思っています。今後は完璧なるバカミス本格を書いて、みんなを驚かせたいです。
本格ミステリは、チャレンジャーのようなものすごい作品が次々に出てきて面白いです。50代半ばの自分は完全に中堅になりますが、若い人たちの発想に負けないような新たな試みを今後もやっていけたらなと思っています。今日はどうもありがとうございました。

・浅木原忍氏の受賞コメント
普段は二次創作の小説で活動しておりまして、評論本を出したこと自体、今回の『連城三紀彦全作品ガイド』が初めてです。候補になったのも大変なことなのに、賞までいただけてしまうのはまったく予想もしておらず、未だに戸惑っています。
自分が連城作品に出会ったのは連城さんが亡くなったあとでしたので、本書は遅すぎるファンレターになります。選評のいくつかにあった「連城ファンの連城感を大きく変える本ではない」という指摘を受けまして、今後は未収録の掌編や、連城ミステリーに対する新たな考えを何らかの形で発表していきたいです。どうぞ、よろしくお願いいたします。

 受賞の言葉に続き、日本推理作家協会の北村薫理事より、安藤鶴夫『ごぶ・ゆるね』にまつわるエピソードから謎と解明の面白さに関するお言葉をいただいた。

 同会場では引き続き祝賀パーティが行われた。「〈フローム・ユー・ホンカクミステリ〉を世界の合言葉にしましょう」と有栖川有栖氏の乾杯で始まったパーティは大盛況となった。

・法月綸太郎会長の挨拶
ここ数年の本格ミステリは、次に何が出てくるか分からない、新本格やメフィスト賞の始まりの雰囲気に近いものがあると思います。メディアが変わるときというのは、新しい小説が生まれるので、もしかしたらウェブ時代の江戸川乱歩が出てくるかもしれません。英語圏にも、やっと日本の本格ミステリが伝わってきました。『十角館の殺人』から三十年かかりましたが、今までやってきたことは決して無駄ではありません。これから小説はどういうメディアになるか分かりませんが、古典が読み継がれていくように、私たちの仕事も未来に受け継がれていく可能性があります。そのことを幸せだと捉えて噛みしめたいと思います。

 「こういう形で、来年お会いできるといいですね」という法月会長の言葉で、パーティーはお開きとなった。

(2016.8.29発行)

「本格ミステリ作家クラブ通信」第65号

1.第17期総会・第17回「本格ミステリ大賞」贈呈式までのスケジュール

 12月09日(金) 推薦作アンケート用紙を配布(*本「会報」に添付)
          役員、執行会議メンバーの改選にあたっての立候補・推薦の用紙配布
 01月13日(金) 消印有効でアンケート〆切(FAX・メール同日有効)
 02月11日(土) 候補作選考委員会=大山誠一郎、辻真先、福井健太、松尾由美、村崎友
*候補作家の承諾確認後、候補作決定「速報」をハガキとメールで通知(大賞運営委員=佳多山大地、霧舎巧、鳥飼否宇)
 02月下旬     候補作の選考経過と本選「投票用紙」を全会員に配布
 03月31日(金) 役員、執行会議メンバーの立候補・推薦の〆切
 05月08日(月) 消印有効にて投票〆切
 05月12日(金) 公開開票式
 06月24日(土) 総会・贈呈式パーティ
          15:30~17:00 総会
          17:30~19:30 贈呈式
 06月25日(日) 受賞記念座談会予定(都内某所、詳細未定)

(2016.12.9発行)

「本格ミステリ作家クラブ通信」第66号

1.17回「本格ミステリ大賞」候補作決定

【小説部門】候補作(タイトル50音順)
『悪魔を憐れむ』西澤保彦(幻冬舎)
『おやすみ人面瘡』白井智之(KADOKAWA)
『聖女の毒杯 その可能性はすでに考えた』井上真偽(講談社ノベルス)
『誰も僕を裁けない』早坂 吝(講談社ノベルス)
『涙香迷宮』竹本健治(講談社)

【評論・研究部門】候補作(タイトル50音順)
『顔の剝奪 文学から〈他者のあやうさ〉を読む』鈴木智之(青弓社)
『現代華文推理系列』全三集 稲村文吾(訳)(Kindle)
『鉄道ミステリーの系譜 シャーロック・ホームズから十津川警部まで』原口隆行(交通新聞社新書)
『ぼくのミステリ・クロニクル』戸川安宣(著)、空犬太郎(編)(国書刊行会)
『本格力 本棚探偵のミステリ・ブックガイド』喜国雅彦、国樹由香(講談社)

第17回「本格ミステリ大賞」候補作決定のための予選会は2月11日に、大賞運営委員・霧舎巧、鳥飼否宇、佳多山大地の立ち会いのもと、予選委員・大山誠一郎、辻真先、福井健太、松尾由美、村崎友によって行われた。
◎『現代華文推理系列』は電子書籍でKindleのみです。

▼選考経過

【小説部門】
 予選委員の推薦作は青崎有吾『図書館の殺人』、青柳碧人『玩具都市弁護士』、青山文平『半席』、芦沢央『雨利終活写真館』、芦辺拓『ダブル・ミステリ』、市川憂人『ジェリーフィッシュは凍らない』、井上真偽『聖女の毒杯』、白井智之『おやすみ人面瘡』、菅原和也『ブラッド・アンド・チョコレート』、竹本健治『涙香迷宮』、七河迦南『わたしの隣の王国』、西澤保彦『悪魔を憐れむ』、早坂吝『誰も僕を裁けない』の十三作品だった。これに会員アンケートで票が多かった島田荘司『屋上の道化たち』を加えた十四作品を検討の対象とした。
 まず、予選委員全員が推した『涙香迷宮』が候補作に決まった。これまで本格ミステリ大賞の候補作に暗号ミステリが入ったことはなく、その意味でも意義のあるエントリーであるという声があがった。
 他の作品については長所と短所をひととおり議論したうえで、多数決で候補作を決めた。一回目の多数決では『聖女の毒杯』と『悪魔を憐れむ』が票を集め、候補作となった。前者は多重解決物の意欲作で昨年の候補作となった前作を超えていると、後者は地味ながら手堅い独自の境地に達した作品と評価された。さらに二回目の多数決でアイディアの組み合わせがうまく着地している点が支持を集め、『誰も僕を裁けない』が候補作に選ばれた。
 残り一枠を『ジェリーフィッシュは凍らない』と『おやすみ人面瘡』が争うことになった。『ジェリーフィッシュは凍らない』は「新本格」っぽい企みを推す声がある一方、ミスディレクションが欠如している等のマイナス面も指摘された。『おやすみ人面瘡』はデビュー作以来一貫した特異な舞台設定をどうとらえるかで意見が分かれた。結果的に本格の可能性を広げる姿勢が評価され、後者が候補作の椅子を射止めた。
 会員アンケートで票が多かった他の作品は以下の理由で苦杯をなめた。『ダブル・ミステリ』の挑戦意欲は買えるが、個々の中編のばらつきがある。『わたしの隣の王国』はファンタジーの部分が物語として弱い。『屋上の道化たち』は著者の過去の作品に比べて小粒である。他の推薦作についても、複数の予選委員が強く推す作品はなかった。(鳥飼否宇)

【評論・研究部門】
 予選委員から推薦があったのは、鈴木智之『顔の剝奪』、野地嘉文編『幻影城 終刊号』、稲村文吾訳『現代華文推理系列』全三集、原口隆行『鉄道ミステリーの系譜』、佐々木敦『ニッポンの文学』、戸川安宣著・空犬太郎編『ぼくのミステリ・クロニクル』、喜国雅彦・国樹由香『本格力』の七作であり、余さず検討対象とした。
 まず、予選委員全員が推薦していた『本格力』を候補とすることが決定。本格ミステリを題材に遊び倒した実験精神が買われ、海外古典作品のガイドブックとしても高い評価を受けた。
 続いて、委員の推薦作をひとつひとつ議論の俎上に載せるなか、『幻影城 終刊号』はすでに完売し入手困難であることから候補とすることを断念した。会員が候補作をすべて読んだうえで投票する本賞レースの性格を考えた結果だが、伝説的なミステリ専門誌の最後を飾る〝重し〟となった歴史的価値は充分に認められた。
『幻影城 終刊号』を除き、残る五作で決をとった結果、『現代華文推理系列』全三集と『鉄道ミステリーの系譜』、『ぼくのミステリ・クロニクル』の三作に委員の票は集まり、いずれも候補とすることが同意された。『現代華文推理系列』全三集は中国の本格ミステリ受容の現状を伝えて、話題に事欠かない点が注目された。対象期間に出た第三集(二〇一六年十一月刊)のみならず、第一集(一四年十月刊)、第二集(一五年十月刊)も含めた全三集を候補とすることにも異論はなかった。『鉄道ミステリーの系譜』はミステリ史を概観しつつ、ジャンル内ジャンルたる鉄道ミステリについて詳しく紹介している点が委員の支持を得た。『ぼくのミステリ・クロニクル』はミステリを〝作る側〟であり〝売る側〟だった著者の貴重な証言で、 資料的価値も高いと判断された。
 候補の五番目の椅子をめぐっては、『顔の剝奪』か『ニッポンの文学』かで討議を重ねた末、前者を推挙することに意見の一致を見た。『ニッポンの文学』は純文学もジャンル小説のひとつとして文学全般を論じるなか、どうしてもミステリに言及した部分が少なく、内容的にも物足りないと。比べて『顔の剝奪』は、ミステリだけを論じたわけではないものの、ミステリにおける被害者の〈顔〉の扱いを考究して興味深い内容であると認められた。(佳多山大地)

▼選評

◎大山誠一郎
 小説部門は、もはや古びたと思われた暗号ミステリを驚異的なかたちで蘇らせた『涙香迷宮』、互いにまったく異なるアプローチながら、ともに多重解決物に新たな工夫を凝らした『聖女の毒杯』と『おやすみ人面瘡』、心理という捉えがたいものを相手にして見事にパズラーを成立させた『悪魔を憐れむ』、それと対照的に物的証拠に基づく精緻なロジックを展開させた『図書館の殺人』を推した。次点として、ネタの組み合わせに瞠目した『誰も僕を裁けない』を考えていた。
 評論・研究部門は、本格ミステリを遊び倒して格好のガイドブックとなっている『本格力』、数々の秘話が圧倒的な『ぼくのミステリ・クロニクル』、鉄道ミステリの歴史と作品紹介をコンパクトにまとめた『鉄道ミステリーの系譜』、ジャンル小説としての純文学、ミステリ、SFの同時代性を論じた『ニッポンの文学』、ミステリプロパーではないからこその着眼がユニークな『顔の剥奪』を推した。

◎辻 真先
 自分でははじめての参加のつもりでいたが、クラブ発足の初期に、お引き受けしたことがあったそうだ。まことに心細い再度のお勤めだがご勘弁を。  小説部門ではぼくはなんの迷いもなく『涙香迷宮』『聖女の毒杯』『誰も僕を裁けない』の三作を選んだ。『涙香』の暗号小説としての大盤振る舞い、『聖女』の前作を凌ぐ楽しさ、『誰も』の動く館のとんでもない利用法。どれもメチャ面白い。どの一作が選ばれても、本格ミステリの看板たり得ると確信した。『ダブル・ミステリ』の冒険心と、『雨利終活写真館』の情緒にも一票を投じたが、前者は横書き編の弱さ、後者は本格味の薄さを指摘され、旗を巻いてしまった。
 評論・研究部門では『本格力』の一刀両断ガイドブック、『ぼくのミステリ・クロニクル』の売る章に感動した。『鉄道ミステリーの系譜』は紹介がやや単調と思い自説を引っ込め、同席したみなさんの意見を傾聴した。

◎福井健太
 現代本格ミステリの多様性を映すように、小説部門の選考では多くのタイトルが挙げられた。菅原和也『ブラッド・アンド・チョコレート』はプロットと結末、青柳碧人『玩具都市弁護士』は舞台装置の扱い、市川憂人『ジェリーフィッシュは凍らない』は構成とサブトリックに疑義が呈され、いずれも強く推すことが出来なかった。
 評論・研究部門にはユニークな作品が並んだ。中国ミステリを短篇と解説で伝える『現代華文推理系列』は、多くの読者に新たな視座とインパクトを与えるはずだ。『顔の剥奪』は狭義のミステリ論ではないが、第一章と最終章はすこぶる興味深い。  ちなみに『幻影城 終刊号』は入手困難ゆえに対象外とされた。今回はやむを得ないにせよ、選考委員と投票者の手間やコストへの配慮が優れた作品の顕彰を妨げる危険性は常にある。今後も生じ得る事態だけに、早めに対策を講じる必要があるだろう。

◎松尾由美
 小説部門は『誰も僕を裁けない』を断固支持する所存で予選会に臨みました。様々な仕掛けが交差する果てに浮かびあがるストーリーが、青春小説であり成長物語である、爽やかな本格ミステリだと思います。候補作五作はいずれも独自の世界を持った力作ですが、『おやすみ人面瘡』のラストには疑問が残り、それについて述べさせていただいた上で、選出に同意しました。架空の技術を真摯に描いた『ジェリーフィッシュは凍らない』に投票しましたが、選出には至りませんでした。
 評論・研究部門はジャンルへの愛情あふれる『本格力』が私の一押し。ブックガイド、年代記、研究書、翻訳のコレクションなど、多彩なラインアップとなりました。「幻影城 終刊号」は入手困難ということもあり(私も欲しい……)候補には入りませんでした。
 初めての予選委員、本格ミステリとは何か、自分はそこに何を求めているのかなど、いろいろ考えさせられる貴重な経験でした。

◎村崎友
 今回から予選委員を務めます。よろしくお願いします。予選会では、事前の会員アンケートの結果をふまえた上で、議論がなされました。難しい選択となった場面もあり、とても豊かな話し合いができたと感じています。特に述べておきたい点を、以下に記します。
 小説部門では、予選委員推薦作として、会員アンケートで票が入らなかった『半席』を推しました。今年度の本格ミステリの収穫だと考えているからです。候補作には残せませんでしたが、予選会の場で議論できたことは良かったと思います。
 評論・研究部門では、『現代華文推理系列』が候補作になりました。小説をこの部門の候補作に選ぶことには違和感がありましたが、中国語で書かれた本格ミステリを解説付きで日本に紹介した、という点が研究として捉えられると考え、残すことに同意しました。また、入手困難という理由で『幻影城 終刊号』を残せなかったことが残念でした。

▼今後のスケジュール

05月06日(土) 消印有効にて投票〆切 
05月12日(金) 公開開票式
06月24日(土) 総会・贈呈式パーティ
         15:30~17:00 総会
         17:30~19:30 贈呈式
06月25日(日) 受賞記念座談会予定

▼候補作アンケート

27通(郵送22通、FAX1、メール4通)
*31→33→42→36→35→37→30→30→27と、昨年よりやや減少。

【アンケート結果】(タイトル五十音順)

◎小説部門
作品名/作者:編者名/出版社名
悪魔を憐れむ/西澤保彦/幻冬舎
あなたのための誘拐/知念実希人/祥伝社
安楽探偵/小林泰三/光文社文庫
いまさら翼といわれても/米沢穂信/KADOKAWA
おやすみ人面瘡/白井智之/KADOKAWA
屋上の道化たち/島田荘司/講談社
家庭用事件/似鳥 鶏/創元推理文庫
彼女がエスパーだったころ/宮内悠介/講談社
ケムール・ミステリー/谺 健二/原書房
現代詩人探偵/紅玉いづき/東京創元社
黒面の狐/三津田信三/文藝春秋
静かな炎天/若竹七海/文春文庫
屍人の時代/山田正紀/ハルキ文庫
ジェリーフィッシュは凍らない/市川憂人/東京創元社
スイーツレシピで謎解きを/友井 羊/集英社文庫
聖女の毒杯/井上真偽/講談社ノベルス
「茶の湯」の密室/愛川 晶/原書房
挑戦者たち/法月綸太郎/新潮社
玩具都市弁護人/青柳碧人/講談社タイガ(文庫)
倒叙の四季/深水黎一郎/講談社ノベルス
道然寺さんの双子探偵/岡崎琢磨/朝日文庫
図書館の殺人/青崎有吾/東京創元社
誰も僕を裁けない/早坂 吝/講談社ノベルス
ダブル・ミステリ/芦辺 拓/東京創元社
罪の声/塩田武士/講談社
猫には推理がよく似合う/深木章子/KADOKAWA
鉢町あかねは壁がある/高木敦史/角川文庫
僕のアバターが斬殺ったのか/松本英哉/光文社
松浦警部と向島の血/平石貴樹/創元推理文庫
亡者は囁く/吉田恭教/南雲堂
涙香迷宮/竹本健治/講談社
わたしの隣の王国/七河迦南/新潮社

◎評論・研究部門(タイトル50音順)
作品名/作者:編者名/出版社名
黄金の降る場所で/風切羽/同人誌
顔の剥奪/鈴木智之/青弓社
幻影城 終刊号/野地嘉文(編)幻影城終刊号編集室
現代華文推理系列 全三巻/稲村文吾(企画、解説、翻訳)/Kindle
『処刑人』(シャーリー・ジャクスン)解説文/深緑野分/創元推理文庫
「昭和十年のレドメイン・ショック」/市川尚吾/「CRITICA」vol.11(winter2016)収録
鉄道ミステリーの系譜/原口隆行/交通新聞社新書
ニッポンの文学/佐々木敦/講談社
ぼくのミステリ・クロニクル/戸川安宣(著)、空犬太郎(編)/国書刊行会
本格力/喜国雅彦、国樹由香/講談社
結城昌治読本/小野家由佳/同人誌

3.新入会員の紹介

白(しら)井(い)智(とも)之(ゆき)(法月綸太郎/綾辻行人=推薦)
自己紹介=1990年千葉県印西市生まれ。東北大学法学部卒。第34回横溝正史ミステリ大賞の最終候補作となった『人間の顔は食べづらい』でデビュー。本格ミステリの謎解きと悪だくみが大好きです。未熟者ですがよろしくお願いいたします。
推薦理由=デビュー作から長編第3作の『おやすみ人面瘡』までどの作品も特殊設定を利用したパズラーとして独自の達成が見られ、今後もますますの活躍が期待できる本格ミステリの書き手だと思います。(法月綸太郎)

関(せき)根(ね) 亨(とおる)(東川篤哉/法月綸太郎=推薦)
自己紹介=1961年生まれ。2015年に実業之日本社を退社し、独立しました。16年『自薦 THEどんでん返し』)(双葉文庫)のアンソロジー編集兼解説を皮切りに、ミステリ編集、文庫解説など手がけさせていただく予定です。また天狼院書店というところで小説講座も担当しております。以上のように一人何役もなりすますつもりが、あっさりと見破られる間抜けな犯人役として、貴会の末席に加えさせていただければ幸いです。(2016.8.22)
推薦理由=氏はフリーの編集者として活躍中。今後はアンソロジーの編纂や文庫解説などの活躍が期待されます。(東川篤哉)

(2017.02.27発行)

「本格ミステリ作家クラブ通信」第67号

1.第17回「本格ミステリ大賞」決定

2017年5月12日、光文社の会議室で、第17回本格ミステリ大賞の公開開票式が行われた。投票総数は56通。会場には、会員、賛助会員が多数出席、例年通り、大盛況のなかでの開催となった。開票式は、厳重に保管されていた投票用紙を北村薫委員が開封、文字数をチェックした後、法月綸太郎会長が票を読み上げる方法で進められた。
【小説部門】は、序盤はどの作品もほぼ均等に票が入ったものの、中盤は『悪魔を憐れむ』『聖女の毒杯 その可能性はすでに考えた』『涙香迷宮』の三作品が抜けだし、さらに終盤になって『聖女の毒杯』と『涙香迷宮』の二作品が争う形となったが、最後は『涙香迷宮』が振り切る形になった。 【評論・研究部門】は、序盤から『本格力 本棚探偵のミステリ・ブックガイド』がリードし、『現代華文推理系列』がどこまで追いつけるかを見守る展開となった。
 開票作業の終了後、執行会議のメンバーが最終確認を行った結果、以下の得票数が確定した。

【小説部門】(有効投票数55票)
『涙香迷宮』竹本健治(講談社) 17票
『聖女の毒杯 その可能性はすでに考えた』井上真偽(講談社ノベルス) 15票
『悪魔を憐れむ』西澤保彦(幻冬舎) 10票
『誰も僕を裁けない』早坂 吝(講談社ノベルス) 7票
『おやすみ人面瘡』白井智之(KADOKAWA) 6票

【評論・研究部門】(有効投票数19票)
『本格力 本棚探偵のミステリ・ブックガイド』喜国雅彦、国樹由香(講談社) 11票
『現代華文推理系列』全三集 稲村文吾(訳)(Kindle) 5票
『ぼくのミステリ・クロニクル』戸川安宣(著)、空犬太郎(編)(国書刊行会) 2票
『顔の〈はくを漢字に〉奪 文学から〈他者のあやうさ〉を読む』鈴木智之(青弓社) 1票
『鉄道ミステリーの系譜 シャーロック・ホームズから十津川警部まで』原口隆行(交通新聞社新書) 0票

☆第17回「本格ミステリ大賞」受賞作と「受賞の言葉」

【小説部門】
『涙香迷宮』竹本健治(講談社)
 今まで趣味の囲碁では賞なり冠なりいくつも頂いたのですが、本業の小説では賞と名のつくものは全くの初めてですので、素直に嬉しいです。
 本作に関しては、いろはの部分に「作った労力を想うと気が遠くなる」などという声をよく聞きますが、本人にとっては楽しんで作ったので、そこを評価されるのはくすぐったい気持ちです。
 重ねて有難ありがとうございます。

【評論・研究部門】
『本格力 本棚探偵のミステリ・ブックガイド』喜国雅彦、国樹由香(講談社)
喜国雅彦
 小学生のときに本格ミステリと出会って以後、僕のそばにはいつも本格ミステリがありました。たぶん、人生の歓びの4割ぐらいは本格ミステリに与えてもらっています。なのでいつかは本格ミステリに恩返しをしたいと思っていました。この連載が始まるときは、そんなこともチラと考えましたが、いざ再読を始めると、本格ミステリが愉しすぎて、そんなことはどうでもよくなってしまいました(お気づきだと思いますが〈本格ミステリ〉って何回言えるかチャレンジしています)。今回の受賞によって、ようやく〈恩返し〉という、当初の目的を思い出しました。みなさんどうもありがとうございます。そして由香ちゃん、おめでとう。
国樹由香
 このたびは過分な賞をいただき大変感動しております。私の作風はいわゆるほのぼの系。重い作品は描(書)けません。だからこそこんなにも本格ミステリが好きになりました。『本格力』は私以上に本格の虜である喜国さんが好き放題に海外古典ミステリを評しまくっている本であり、私はというと何も評してはいないのです。私のパートを一言で説明するなら、一人の本格マニアを一番身近で見続けた人間による「観察日記」でしょうか。掲載一回で終わっていたはずの仕事。気が付けばこんな場所に立っていました。いまだ夢のようです。優しい目でお読みくださった皆さまと観察させてくれた?喜国さんに、最大級の感謝を捧げます。どうもありがとうございました!

(2017.5.22発行)

「本格ミステリ作家クラブ通信」第68号

1.第18期総会・第18回「本格ミステリ大賞」贈呈式までのスケジュール

 12月11日(月) 推薦作アンケート用紙を配布(*本「会報」に添付)
 01月12日(金) 消印有効でアンケート〆切(FAX・メール同日有効)
 02月17日(土) 候補作選考委員会=辻真先、松尾由美、村崎友、西澤保彦、松浦正人
*候補作家の承諾確認後、候補作決定「速報」をハガキとメールで通知(大賞運営委員=霧舎巧、鳥飼否宇、遊井かなめ)
 02月下旬     候補作の選考経過と本選「投票用紙」を全会員に配布
 05月07日(月) 消印有効にて投票〆切
 05月11日(金) 公開開票式
 06月23日(土) 総会・贈呈式パーティ
          15:30~17:00 総会
          17:30~19:30 贈呈式
 06月24日(日) 受賞記念座談会予定(都内某所、詳細未定)

(2017.12.11発行)

「本格ミステリ作家クラブ通信」第69号

1.18回「本格ミステリ大賞」候補作決定

【小説部門】候補作(タイトル50音順)
『いくさの底』古処誠二(KADOKAWA)
『彼女の色に届くまで』似鳥 鶏(KADOKAWA)
『屍人荘の殺人』今村昌弘(東京創元社)
『マツリカ・マトリョシカ』相沢沙呼(KADOKAWA)
『ミステリークロック』貴志祐介(KADOKAWA)

【評論・研究部門】候補作(タイトル50音順)
『江戸川乱歩と横溝正史』中川右介(集英社)
『【「新青年」版】黒死館殺人事件』小栗虫太郎、山口雄也〈註・校異・解題〉(作品社)
『本格ミステリ戯作三昧』飯城勇三(南雲堂)
『ミステリ国の人々』有栖川有栖(日本経済新聞出版社)
『乱歩と正史 人はなぜ死の夢を見るのか』内田隆三(講談社選書メチエ)

第18回「本格ミステリ大賞」候補作決定のための予選会は2月17日に、大賞運営委員・霧舎巧、鳥飼否宇、遊井かなめの立ち会いのもと、予選委員・乾くるみ、辻真先、松浦正人、松尾由美、村崎友によって行われた。

▼選考経過

【小説部門】
 予選委員の推薦作は相沢沙呼『マツリカ・マトリョシカ』、阿津川辰海『名探偵は嘘をつかない』、天祢涼『探偵ファミリーズ』、有栖川有栖『狩人の悪夢』、伊坂幸太郎『ホワイトラビット』、市川憂人『ブルーローズは眠らない』、今村昌弘『屍人荘の殺人』、貴志祐介『ミステリークロック』、古処誠二『いくさの底』、櫻田智也『サーチライトと誘蛾灯』、似鳥鶏『彼女の色に届くまで』、早坂吝『双蛇密室』の十二作品だった。
 まず、予選委員全員が推した『屍人荘の殺人』が候補作に決まった。各種ランキングを制した前年の代表作であり、外すわけにはいかないという判断であった。次に、三人の予選委員が推し、他の二人からも否定的な意見がなかった『マツリカ・マトリョシカ』が選ばれた。著者の新境地で、広く会員の意見を聞いてみたいという声があがった。
 他の作品については長所と短所をひととおり議論したうえで、多数決により候補作を決めた。第一回目の多数決では、『ミステリークロック』が票を集めて当選した。予選委員の中には、トリックが複雑すぎてわかりにくいという意見もあったが、そのトリックこそがおもしろい、キャラクターが秀でているという意見のほうがまさった。この時点で票を集められなかった『双蛇密室』、『探偵ファミリーズ』、『ホワイトラビット』、『サーチライトと誘蛾灯』、『ブルーローズは眠らない』が落選した。
 残る四作品の中から二作品を選ぶために、第二回目の多数決がおこなわれた。これにより、『彼女の色に届くまで』と『いくさの底』が選ばれた。『彼女の色に届くまで』については、個々の作品においては不満の意見も出されたが、青春小説としての好感度と、連作全体を通しての完成度が評価された。『いくさの底』については、小説として読ませるし、感銘したという声が多かった。一方で本格ミステリを意識して書かれた作品なのかと疑問も提示されたが、プロット型のミステリも候補作の幅を広げるうえでよいという判断がくだされた。
『狩人の悪夢』は、ミスリードが巧み、解決編が秀逸と強く推す予選委員もいたが、著者ならばこれくらいは標準作という声もあり、票を集められなかった。『名探偵は嘘をつかない』は、本格ミステリへの愛を感じる、設定がおもしろいという好評価がある反面、設定が複雑すぎて過剰な部分が多いというマイナス評価もあり、著者の次作を見てみたいと、候補作への推薦を見送られた。(鳥飼否宇)

【評論・研究部門】
 予選委員が推薦し、予選会で検討されたのは、次の十点。有栖川有栖「吠えた犬の問題――ワトスンは語る」(『奇想天外 21世紀版 アンソロジー』収録)、『ミステリ国の人々』、飯城勇三『本格ミステリ戯作三昧』、内田隆三『乱歩と正史 人はなぜ死の夢を見るのか』、郷原宏『乱歩と清張』、中川右介『江戸川乱歩と横溝正史』、平山雄一『明智小五郎回顧談』、山口雅也・編『奇想天外 アンソロジー』の企画、『【「新青年」版】黒死館殺人事件』、そして『ブラウン神父の知恵 新版』での巽昌章の解説――である。
 まず、予選委員の五人ともが推薦した『本格ミステリ戯作三昧』を候補とすることが決定。「パロディ小説としても面白い」という声もあった。次いで、新しい読み方を提示したことが評価された『ミステリ国の人々』が全会一致で候補作に決まった。
 続いて、残り八点の検討へ。シャーロッキアン論文として評価された「吠えた犬の問題」だが、枚数的な“物足りなさ”が指摘された。同様の指摘は『ブラウン神父の知恵』の解説に対してもなされ、短い分量では評論として評価できないという意見もあった。
 難解な言い回しが多いことを疑問視する声もあった『乱歩と正史』だが、物語構造を視覚化した点などが注目された。『乱歩と清張』には松本清張が基本軸になっているという指摘もあったが、示唆に富むという評もあった。『江戸川乱歩と横溝正史』は膨大な情報を適切に整理した点が賞賛された。一方で、『明智小五郎回顧談』は、中核となるものが小説であって評論ではないことを疑問視し、カテゴリー・エラーだとする声もあがった。
 企画自体の面白さと山口雅也の尽力ぶりを評価すべきという声もあった『奇想天外』だが、分量の多さが問われ、また本格ではなくSFとして扱うべきだという指摘もなされた。
『【「新青年」版】黒死館殺人事件』は、本編ではなく、山口雄也による註・解題と、新保博久による解説が評価の対象。註釈については、「客観的に見てまだ道半ばである」という指摘もあったが、永らく註釈が望まれていた作品に註と解題を付けたことへの意義が注目され、賞賛を受けた。
 結果、『【「新青年」版】黒死館殺人事件』を委員三名が、『江戸川乱歩と横溝正史』『乱歩と正史』を委員二名が支持したことが決め手となって、残り三枠はそれらを候補作とすることに意見の一致を見た。(遊井かなめ)

▼選評

◎乾くるみ
 どの五作を残しても会員の間から「あれが入ってない」「これが入っているのは謎」等の不満の声は出るだろう。ただその不満を最小にする最適解はあるはずで、それを見出すのが予選委員の仕事だと当初は考えていた。しかし誰がやっても同じ答えに辿り着くべきだというのであれば「この五人」である必要はない。予選委員の個性が結果に反映されるのは一定程度認められるべきだろう。小説部門は特に、この顔ぶれだったからこその結果になっていると思う。評論・研究部門では、小説形式であることと中身が小説であることを区別した上で、後者をカテゴリーエラーだとして積極的反対に回った。評論や研究だけでなく、企画でも何でも評価の対象にしていいと思うが、小説だけは安易にここに入れてはいけないと思うのだ。過去には基準の甘い年もあったかと思うが、僕はその点に厳しく当たった。それも予選委員の個性として、今回はそういう年だったのだと了承されたい。

◎辻 真先
予選が終わるまで、けっこうな時間がかかった。意見が対立して、議論が白熱して、というわけではない。どちらの部門も一頭地を抜く存在はあったものの、それ以外の作品も密度が濃くて、簡単にドレをのこすドレを落とすというわけにゆかなかったのが実情だ。あくまで本選の候補選びだから、作品を推すのが及び腰になって、熱中し難いきらいがあり、難しいものだとため息をつく。ぼく個人が推薦した作品は、そのあたりの曖昧さを洗い出そうと(作者には申し訳ないが)、試験的に推したものが混在している。おかげで多少なりともスッキリした気分になった。さて予選を終え、競り勝った候補作を眺めると、例年にくらべて遜色のない、いや、より高精密な作品がならんだと思う。予選委員のみなさん、お疲れさまでした。会員の方々の食指がどこへどう動くのか、楽しみでなりません。

◎松浦正人
 予選会には、独特の緊張感と楽しさがありました。候補作について思うところを包み隠さず話したうえで異論を拝聴するのはヘヴィな作業でしたが、ひとりでは判断しきれない問題に衆智を借りられるのが大変ありがたかった。たとえば小説部門の『いくさの底』は、地の文の書き方の曖昧さがひっかかる一方で、動機の意外性が日本という国への洞察から生まれている点に目をみはった作品でした。他の委員の考え方も簡明なものではなく、しかし本選にゆだねるべきとの流れになってよかったと思います。評論・研究部門では『明智小五郎回顧談』です。特別賞を進呈できたらいいんだけどと困りながら、批評精神に鑑みこの部門に推すことにしたものの、無理筋との意見が多数。反省させられました。
 心残りは『ブラウン神父の知恵』解説の美点を、うまく説明しきれなかったことでしょうか。巽昌章さんの仕事がまとめられ、再挑戦できる日のあることを願ってやみません。

◎松尾由美
 小説部門『いくさの底』は風格と余韻のある戦争小説、『彼女の色に届くまで』『マツリカ・マトリョシカ』はどちらも特異なヒロインに振り回される男子を切実に、かつ爽やかさをもって描いた青春小説で好感を持ちました。『ミステリークロック』は凝りに凝ったトリックに脱帽しつつも、第一話の被害者の設定にやや疑問。『屍人荘の殺人』も背景となる事件の扱いなどに疑問が残りましたが、最大の話題作であり候補にしないという選択は考えられず、私も○をつけました。他に『ブルーローズは眠らない』『双蛇密室』を推しましたが、選出には至りませんでした。
 評論・研究部門はよき読者ではないことを反省しつつ、珍しい試みで楽しい『本格ミステリ戯作三昧』、愛情あふれるブックガイドの『ミステリ国の人々』、研究らしい研究『乱歩と正史 人はなぜ死の夢を見るのか』を。
 二年間の予選委員、不明を恥じつつ、楽しく務めさせていただきました。

◎村崎 友
 小説部門では、『いくさの底』『屍人荘の殺人』『マツリカ・マトリョシカ』『ミステリークロック』『名探偵は嘘をつかない』を推薦した。『名探偵は嘘をつかない』については、複数出てくる特殊設定の扱いに難があるなどの意見があり、推しきれなかった。『いくさの底』を残せたのは良かったと思う。バリエーション豊かな候補作になったのではないだろうか。
 評論・研究部門では、私が推薦した五作が偶然にも会員アンケートの上位と一致しており、それがそのまま候補作となった。順当な結果のようにも思われるが、決まるまでには長時間の真摯な議論があったことを記しておきたい。『明智小五郎回顧談』はとても興味深く読み、候補に残したかったのだが、残念ながらフィクションの要素が強く、カテゴリー外ではないかという結論になった。
 私の任期は今回までです。皆さん、アンケートの回答や投票、よろしくお願いします。

▼今後のスケジュール

05月05日(土) 消印有効にて投票〆切
05月11日(金) 公開開票式
06月23日(土) 総会・贈呈式パーティ
         15:30~17:00 総会
         17:30~19:30 贈呈式
06月24日(日) 受賞記念座談会予定

▼候補作アンケート

30通(郵送22通、FAX1通、メール7通)
*31→33→42→36→35→37→30→30→27→30と、昨年よりやや増加。

【アンケート結果】(タイトル五十音順)

◎小説部門
作品名/作者:編者名/出版社名
いくさの底/古処誠二/KADOKAWA
ウサギの天使が呼んでいる/青柳碧人/創元推理文庫
うそつきちほー/クイック賄派・わいぱ置き場/漫画・同人誌
開化鐵道探偵/山本巧次/東京創元社
かがみの孤城/辻村深月/ポプラ社
彼女の色に届くまで/似鳥鶏/KADOKAWA
狩人の悪夢/有栖川有栖/KADOKAWA
がん消滅の罠 完全寛解の謎/岩木一麻/宝島社文庫
「貴族探偵」(TVドラマ)/黒岩 勉(脚本)
希望が死んだ夜に/天袮 涼/文藝春秋
巨大幽霊マンモス事件/二階堂黎人/講談社
禁じられたジュリエット/古野まほろ/講談社
紅城奇譚/鳥飼否宇/講談社
皇帝と拳銃と/倉知淳/東京創元社
サーチライトと誘蛾灯/櫻田智也/東京創元社
屍人荘の殺人/今村昌弘/東京創元社
シャーロック・ホームズ対伊藤博/松岡圭祐/講談社文庫
双蛇密室/早坂吝/講談社ノベルス
探偵が早すぎる(上・下)/井上真偽/講談社タイガ(文庫)
探偵ファミリーズ/天袮涼/実業之日本社文庫
帝都大捜査網/岡田秀文/東京創元社
手がかりは「平林」神田紅梅亭寄席物帳/愛川晶/原書房
滑らかな虹(上・下)/十市社/東京創元社
訪問看護師さゆりの探偵ノート/石黒順子/講談社
ホテル・カリフォルニアの殺人/村上暢/宝島社文庫
ホワイトラビット/伊坂幸太郎/新潮社
ブルーローズは眠らない/市川憂人/東京創元社
マツリカ・マトリョシカ/相沢沙呼/KADOKAWA
名探偵は嘘をつかない/阿津川辰海/光文社
ミステリークロック/貴志祐介/KADOKAWA
Y駅発深夜バス/青木知己/東京創元社

◎評論・研究部門(タイトル50音順)
作品名/作者:編者名/出版社名
アガサ・クリスティーの大英帝国/東秀紀/筑摩書房
明智小五郎回顧談/平山雄一/集英社
江戸川乱歩と横溝正史/中川右介/集英社
奇想天外 アンソロジー/山口雅也/南雲堂
奇想天外21世紀版アンソロジー(〔21世紀版〕限定で)/山口雅也/南雲堂
金田一少年の事件簿外伝 犯人たちの事件簿1/船津紳平/講談社
甲賀三郎探偵小説選Ⅲ(「探偵小説講話」収録)/甲賀三郎/論創社
【「新青年」版】黒死館殺人事件/小栗虫太郎、山口雄也〈註・校異・解題〉/作品社
蔵書一代 なぜ蔵書は増え、そして散逸するのか/紀田順一郎/松籟社
『ピカデリーパズル』(ファーガス・ヒューム著)解説/波多野健/論創社
「一人の芭蕉」という陥穽(探偵小説研究会編・著「CRITICA」12月号)/巽昌章/同人誌
『ブラウン神父の知恵』新版の解説/巽昌章/創元推理文庫
「吠えた犬の問題――ワトスンは語る」 (「奇想天外[21世紀版]アンソロジー」所収)/有栖川有栖/南雲堂
ホームズ!まだ謎はあるのか? 弁護士はシャーロッキアン/大川一夫/一葉社
本格ミステリ戯作三昧/飯城勇三/南雲堂
ミステリ国の人々/有栖川有栖/日本経済新聞出版社
米澤穂信と古典部/米澤穂信/KADOKAWA
乱歩と正史 人はなぜ死の夢を見るのか/内田隆三/講談社選書メチエ
乱歩と清張/郷原 宏/双葉社

3.新入会員の紹介

誉(ほん)田(だ)龍(りゆう)一(いち)(芦辺 拓/遊井かなめ=推薦)
自己紹介=1963年生まれ。大阪府出身。学習塾講師を経て、2006年第28回小説推理新人賞受賞。2007年『消えずの行灯―本所七不思議捕物帖』 (双葉文庫)でデビュー。時代ミステリーを主に手がけている。倒叙ミステリー『見破り同心 天霧三之助』。(2017.9.22)
推薦理由=誉田さんは時代小説の世界で旺盛な活動をされている方ですが、出身はミステリ新人賞であり、捕物帖の形で倒叙ものを試みるなど、こちらのジャンルでの活躍が期待できる。(芦辺 拓)

(2018.02.28発行)

「本格ミステリ作家クラブ通信」第70号

1.第17回「本格ミステリ大賞」決定

2018年5月11日、光文社の会議室で、第18回本格ミステリ大賞の公開開票式が行われた。投票総数は52通。会場には、会員、賛助会員が多数出席、例年通り、大盛況のなかでの開催となった。開票式は、厳重に保管されていた投票用紙を北村薫委員が開封、文字数をチェックした後、東川篤哉会長が票を読み上げる方法で進められた。
【小説部門】は、序盤はどの作品もほぼ均等に票が入ったものの、中盤から『いくさの底』と『屍人荘の殺人』の二作品が争う形となり、最後は『屍人荘の殺人』が振り切る形になった。
【評論・研究部門】は、序盤から『【「新青年」版】黒死館殺人事件』と『本格ミステリ戯作三昧』の二作品が争い、中盤から『本格ミステリ戯作三昧』が抜け出した。
開票作業の終了後、執行会議のメンバーが最終確認を行った結果、以下の得票数が確定した。

【小説部門】(有効投票数45票)
『屍人荘の殺人』今村昌弘(東京創元社) 14票
『いくさの底』古処誠二(KADOKAWA) 12票
『マツリカ・マトリョシカ』相沢沙呼(KADOKAWA) 7票
『彼女の色に届くまで』似鳥 鶏(KADOKAWA) 6票
『ミステリークロック』貴志祐介(KADOKAWA) 6票

【評論・研究部門】(有効投票数27票)
『本格ミステリ戯作三昧』飯城勇三(南雲堂) 13票
『【「新青年」版】黒死館殺人事件』小栗虫太郎、山口雄也〈註・校異・解題〉(作品社) 8票
『江戸川乱歩と横溝正史』中川右介(集英社) 3票
『乱歩と正史 人はなぜ死の夢を見るのか』内田隆三(講談社選書メチエ) 2票
『ミステリ国の人々』有栖川有栖(日本経済新聞出版社) 1票

☆第18回「本格ミステリ大賞」受賞作と「受賞の言葉」

【小説部門】
『屍人荘の殺人』今村昌弘(東京創元社)
 このたびは本格ミステリ大賞という大変名誉ある賞に選んでいただき、ありがとうございます。素晴らしい先生方に交じって候補に挙げてもらっただけでも感激しておりましたので、今は嬉しさを越して恐れ多く感じるような、なんともいえない気分です。
 この『屍人荘の殺人』は本格ミステリの賞である鮎川哲也賞作品ということもあり、刊行以来いろんな場所で話題にしていただきましたが、そのきっかけを作ってくださったのは本格ミステリ作家クラブをはじめ、ご活躍されている先生方のお声でした。深く感謝しております。
 今回選んでいただいたのは私の実力への栄誉ではなく、今後ミステリ作家として頑張るようにという皆さまからのエールだと解釈し、賞の名に恥じぬよう地力をつける努力を続けようと思います。

【評論・研究部門】
『本格ミステリ戯作三昧』飯城勇三(南雲堂)
 このたび、拙著『本格ミステリ戯作三昧』にとって最高の名誉となる〈本格ミステリ大賞〉をいただき、無上の喜びを感じております。票を投じてくださった皆さんに、原型作品の発表舞台となったファンクラブに、そして、こんな珍妙な本を出してくれた南雲堂の星野氏に、お礼の言葉を述べさせてもらいます。ありがとうございました。
 しかし、私が最もお礼を言いたいのは、こういった前代未聞の奇妙なアプローチが可能な〈本格ミステリ〉という豊潤で魅力的なジャンルに対してです。他のどんなジャンルで、こんな本が出せるというのでしょうか?
 これまで〈本格ミステリ〉というジャンルを発展させてきたすべての作家(……ネタにした作家は特に)、評論家、出版関係者、そして読者の方々に感謝します。

(2018.05.25発行)